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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1711号 判決 1997年1月21日

原告

山本利治

被告

髙瀬潔

主文

一  被告は、原告に対し、金五二四万一五九八円及びこれに対する平成四年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二四三四万八二九三円及びこれに対する平成四年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、口頭弁論の終結の日は、平成八年一二月五日である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成四年九月六日午前〇時ころ

(二) 発生場所

神戸市北区淡河町淡河七四六番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、普通乗用自動車(神戸五三ぬ三九二六。以下「原告車両」という。)を運転し、本件交差点を南から北へ直進しようとしていた。

他方、被告は、普通乗用自動車(神戸五四ろ七七一八。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を東から西へ直進しようとしていた。

そして、本件交差点内において、被告車両の前面が原告車両の右側面に衝突した。

2  責任原因

被告は、本件事故に関し、徐行して本件交差点に進入すべき義務に違反した過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故当時、本件交差点には、被告車両の進行する東西方向が黄色の灯火の点滅、原告車両の進行する南北方向が赤色の灯火の点滅を示す信号機があつた。

そして、被告は、時速約六〇キロメートルで被告車両を運転し、本件交差点にさしかかつたところ、南側から本件交差点に進入しようとする原告車両を発見し、右方向への転把及び急制動の措置を講じたが及ばず、本件事故が発生したものである。

他方、原告は、原告車両の進行する南北方向の信号機の色が赤色の灯火の点滅であつたのであるから、他の車両等の動向に注意して進行すべき義務を負つていたところ、これを怠つて漫然と本件交差点に進行したものである。

そして、両者の信号機の表示等をもとに両者の過失を対比すると、原告の過失の方が大きく、相応の過失相殺がされるべきである。

2  原告

被告主張の信号機の表示は認める。

原告は、原告車両を運転し、本件交差点の南側手前の停止線で一時停止し、左右を確認の上、徐行しながら本件交差点に進入した。ところが、西から東へ本件交差点に進入してくる車両を認めたため、原告車両は本件交差点内で減速し、ほとんど停止するような状態となつた。そして、右車両が西から北へ本件交差点を左折した後、原告車両が再び加速しようとした時、被告車両の前面が原告車両の右側面に衝突し、本件事故が発生したものである。

他方、本件交差点に東から向かつてくる道路は右折専用車線と直進・左折用車線とに区分されているところ、被告は、被告車両を運転し、右折専用車線を、制限速度をはるかに超える時速九〇キロメートル以上の速度で、本件交差点に進入しようとしていた。

したがつて、本件事故は被告の一方的な過失により発生したものであつて、仮に原告に何らかの過失が認められるとしても、過失割合としては圧倒的に少ない過失しかない。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第三号証の一、二、第四号証、検甲第一ないし第一〇号証、原告及び被告の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、被告車両が走行していた東西道路と原告車両が走行していた南北道路との交差点である。

各道路の状況は、東西道路の本件交差点東側では、片道一車線、両側合計二車線の道路が、本件交差点手前で東行き一車線、西行き二車線(各幅員約三・〇メートル)となり、西行きの中央側車線は右折専用、路端側車線は直進・左折専用となつている。また、これとは別に、北側には幅約〇・五メートルの路側帯、幅約二・〇メートルの歩道があり、南側には幅約〇・九メートルの路側帯がある。本件交差点西側もこれとほぼ同様で、本件交差点手前で東行き二車線、西行き一車線となつている。

南北道路の本件交差点南側は、片側一車線、両側合計二車線(幅員北行き約二・八メートル、南行き約三・三メートル)であり、これとは別に、東側には幅約二・〇メートルの歩道、西側には幅約〇・八メートルの路側帯がある。また、本件交差点北側は、車線の区別のない道路で、両側路側帯を除き、幅員約四・〇メートルである。

そして、各道路の最高速度は、東西道路が五〇キロメートル毎時、南北道路が四〇キロメートル毎時と指定されている。

本件交差点には信号機が設置されており、本件事故当時、東西道路の信号機は黄色の灯火の点滅、南北道路の信号機は赤色の灯火の点滅を表示していた。

また、本件交差点に東から向かつてくる道路は、本件交差点の手前約五〇メートルまでは上り坂となつており、原告車両の進行してきた本件交差点の南側と被告車両の進行してきた本件交差点の東側とは、相互の見通しが必ずしもよくない。

(二) 原告は、原告車両を運転し、本件交差点南側手前の停止線で、一時停止をした。ただし、右停止線は、本件交差点内の東西道路に相当する部分の約一三・七メートル手前である。

その後、原告は、本件交差点内の東西道路に相当する部分の直近まで原告車両を進行させ、左前方約一五・六メートルの地点(本件交差点の西側の横断歩道のやや西)に、西から本件交差点に進入してこようとする車両を認めた。そこで、原告は自車の速度を減じ、本件交差点内の東行き車線に相当する部分付近でほとんど停止するような速度になつたところ、西から本件交差点に進入してきた右車両は、本件交差点を左折して、北に進行していつた。

その直後、東から本件交差点に進入してきた被告車両の前面が、原告車両の右側面に衝突し、本件事故が発生した。

なお、原告は、右衝突まで、被告車両の存在をまつたく認識していない。

また、原告車両は右衝突後、約一二メートル西に跳ね飛ばされ、本件交差点の西北側の建物の壁に自車前部を衝突させた。

(三) 他方、被告は、路端側の直進・左折専用車線を、時速約七五キロメートルで被告車両を走行させていたところ、自車前方四五・二メートルの地点に、本件交差点に進入しようとする原告車両を認めた。

そこで、被告は、自車に急制動の措置を講じるとともに、右転把して原告車両を避けようとしたが、前記のとおり、原告車両も本件交差点内で北に進行していたため果たさず、原告車両の右側面に自車前面を衝突させた。

なお、本件交差点には、被告車両による右前輪全長約一八・九メートル、左前輪全長約六・一メートルのタイヤ痕が印されている。

また、被告車両は右衝突後、約七・五メートル走行し、本件交差点の西北側の建物の壁に自車前部を衝突させた。

2  なお、原告本人尋問の結果の中には、原告は、本件事故の発生場所で、警察官のした実況見分に立ち会つて指示をしたことはないという部分があるが、これは信用することができず、甲第三号証の二の実況見分調書の信用性に疑問をさしはさむ余地はない。

また、甲第四号証、第一〇ないし第一二号証、原告本人尋問の結果の中には、右認定と異なり、被告車両は右折専用車線を時速九〇ないし一〇〇キロメートルで走行していたとする部分、被告車両は原告車両との衝突後反転して停止したとする部分がある。

しかし、右認定のとおり、原告は、原告車両と被告車両との衝突時まで被告車両をまつたく認識しておらず、右各部分は、結局、証拠に基づかない推測を述べるにとどまつており、1記載の認定事実を左右するものではない。

3(一)  右認定によると、被告は、最高速度を少なくとも二五キロメートル毎時上回る速度で被告車両を運転し、これにより、自車前方四五・二メートルの地点に原告車両を認め、直ちに回避措置を講じるも及ばず、本件事故を生じさせたのであるから、被告に安全運転義務違反の過失があることはいうまでもない(前記のとおり、被告に過失があることについては当事者間に争いがない。)。

(二)  他方、原告も、原告車両を運転し、赤色灯火の点滅を表示する信号機にしたがつて本件交差点に進入しようとしていたのであるから、十分に左右の安全を確認し、徐行すべき義務があつたことは明らかである(道路交通法三六条三項。なお、同法二条一項二〇号により、徐行とは、「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」と定義されている。)。特に、原告は、本件交差点内の東西道路に相当する部分の間近まで原告車両を進行させた地点で、西から本件交差点に進入してこようとする車両を認めたのであるから、右地点で直ちに停止し、右車両の進行を妨害しないようにするとともに、改めて東から本件交差点に進入してこようとする車両があるかどうかを確認した上で、自車を発進すべきであつたにもかかわらず、右地点で直ちに停止することなく、自車の速度を減じたのみで本件交差点内の東行き車線に相当する部分付近まで漫然と進行し、さらに、この間、東から進行してくる被告車両にまつたく注意を払つていなかつたのであるから、原告にも、本件事故に対する過失があることを優に認定することができる。

(三)  そして、右認定の原告と被告との過失とを対比し、特に、両車両の信号機の表示、被告車両の速度違反の程度、原告の安全確認義務の内容等に鑑みると、本件事故に対する過失の割合を、原告が五〇パーセント、被告が五〇パーセントとするのが相当である。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  原告の傷害、入通院、後遺障害等

まず、原告の損害の算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容等について検討する。

甲第二号証、第一五号証、第一七号証の一ないし七、第一九号証の二、第二三、第二四号証によると、右の点について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故により、骨盤骨折、肝挫傷等の傷害を負い、平成四年九月六日から平成五年一月三〇日まで(一四七日間)、社会保険神戸中央病院(以下「神戸中央病院」という。)に入院し、この間、内固定手術を受けた。

(二) また、原告は、平成五年二月二日から同年一〇月二九日まで、安田病院に通院した(実通院日数一七五日)。

なお、後記のとおり、同月五日付の症状固定の診断書が存在するが、右後遺障害の内容、その期間等により、右症状固定後の通院(実通院日数五日)も、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(三) さらに、原告は、平成五年八月四日から同年九月七日まで(三五日間)、山口県立中央病院に入院し、この間、再度の内固定手術を受けた。

(四) これと別に、原告は、本件事故により歯の欠損等の傷害を受け、平成五年三月一九日から同年四月二三日まで(実通院日数八日)、オク歯科医院に通院した。

(五) そして、神戸中央病院及び安田医院の医師は、平成五年一〇月五日、原告の右下肢機能が廃用状態となつて症状固定した旨の診断をした。

また、オク歯科医院の医師は、平成五年四月二三日、原告の歯の傷害は、歯冠補綴による後遺障害を残して治癒した旨の診断をした。

なお、原告の右後遺障害は、自動車損害賠償責任保険手続において、自動車損害賠償保障法施行令別表のいわゆる併合八級に該当する旨の認定を受けた。

2  損害

(一) 治療費

甲第一六号証によると神戸中央病院の治療費金三六万五七五〇円を、甲第一八号証によると安田医院の治療費金三万六六〇〇円を、甲第二一号証によると山口県立中央病院の治療費金八万二一八八円を、甲第二九号証、第三一号証、弁論の全趣旨によると、オク歯科医院の治療費金三二万五四八〇円を認めることができる。

なお、原告は、山口県立中央病院の治療費が金一五万八二五六円である旨主張し、右金額は甲第二〇号証の一、二、第二一号証記載の合計金額である。しかし、右各証拠の記載の体裁によると、甲第二〇号証の一、二は金銭受領と引換えに発行された領収書であり、甲第二一号証は後日発行された証明書であることが認められ、しかも、その内容によると、甲第二〇号証の一、二記載の金額は、甲第二一号証の「患者負担一〇%」及び「ステンステープラー」記載の金額にほぼ対応していることが認められる。したがつて、原告の主張はこれを二重に計上していると考えられ、他に右認定を超えて同病院の治療費を要したと認めるに足りる証拠はないから、右の金額を認定した次第である。

以上のとおり、治療費の合計は、金八一万〇〇一八円である。

(二) 入院雑費

入院雑費は、入院一日あたり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であり、前記認定のとおり、原告の入院期間は合計一八二日間であるから、次の計算式により、金二三万六六〇〇円となる。

計算式 1,300×182=236,600

(三) 通院付添費

前記認定の原告の傷害の部位、程度、弁論の全趣旨によると、原告の通院には近親者が付き添つたこと、右付添は必要なものであつたことが認められる。そして、通院付添費は、通院一日あたり金三〇〇〇円の割合で認めるのが相当であり、前記認定のとおり、原告の実通院日数は一八三日であるから、次の計算式により、金五四万九〇〇〇円となる。

計算式 3,000×183=549,000

(四) 通院交通費

甲第三〇号証の一ないし三、弁論の全趣旨によると、原告は安田病院までの通院に三回タクシーを使用したこと、右タクシー代の合計は金一万二三〇〇円であつたことが認められ、前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、右タクシー代は本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

また、弁論の全趣旨によると、原告は、安田病院及びオク歯科医院へのその余の通院にはバス及び電車を利用したこと、右交通費は片道金一二五〇円であることが認められ、右交通費合計は、実通院日数一八三日の往復分から右タクシー利用の三回分を除いて計算すると、次の計算式により、金四五万三七五〇円となる。

計算式 1,250×(2×183-3)=453,750

さらに、弁論の全趣旨によると、原告及びその妻が山口県立中央病院への入退院のため、新幹線、電車、バスを利用して一往復したこと、右片道の費用は金一万三一四〇円であることが認められ、これに関する交通費は、次の計算式により、金五万二五六〇円となる。

計算式 13,140×2×2=52,560

なお、原告は、診療明細書をもらいに原告及びその妻が同病院まで往復したとしてその交通費をも請求するが、一般には文書の授受は郵便その他の方法で足りると考えられ、右往復の必要性について何らの主張、立証もない本件においては、その費用を本件事故と相当因果関係のある損害であると認めることはできない。

以上のとおり、通院交通費の合計は、金五一万八六一〇円である。

(五) 休業損害

甲第三一、第三二号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の前の年である平成三年の原告の収入が年間金五五六万一七二六円であること、本件事故の発生した平成四年九月六日から症状固定日である平成五年一〇月五日までの三九五日間、原告は休業のやむなきに至つたことが認められ、前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、右休業による損害は、本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

したがつて、休業損害は、次の計算式により、金六〇一万八八五四円(円未満切捨て。以下同様。)である。

計算式 5,561,726÷365×395=6,018,854

(六) 後遺障害による逸失利益

症状固定時の原告の年齢が五七歳であること(弁論の全趣旨)、前記認定の後遺障害の内容によると、原告は本件事故による後遺障害のため、一〇年間にわたつて、労働能力の三五パーセントを喪失したとするのが相当である。

そして、後遺障害による逸失利益算定の基礎となる収入を前記の年間金五五六万一七二六円、中間利息の控除につき新ホフマン方式(一〇年の新ホフマン係数は七・九四四九)によると、右逸失利益は、次の計算式により、金一五四六万五五七四円となる。

計算式 5,561,726×0.35×7.9449=15,465,574

(七) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金九〇〇万円をもつてするのが相当である(うち後遺障害に相当する分は、金六五〇万円。)。

(八) 小計

(一)ないし(七)の合計は、金三二五九万八六五六円である。

3  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を五〇パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。

したがつて、右控除後の金額は、次の計算式により、金一六二九万九三二八円となる。

計算式 32,598,656×(1-0.5)=16,299,328

4  損害の填補

原告の損害のうち、金一一五〇万七七三〇円が既に填補されていることは当事者間に争いがない。

したがつて、過失相殺後の金額から右金額を控除すると、金四七九万一五九八円となる。

5  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金四五万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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